UNIKO

tissue

February 7, 2008

category : Story

千佳は鼻タレ娘だ。

千佳と私は高校からの親友。女子高でざらざらとした質感の友情が多い中、千佳と私はさらさらとした砂丘の砂のような感覚で友達を続けていた。とにかく、さらっとしていた。

さらっとしていた割には、大学も同じ学校、同じ科に進み、選考授業も同じ。毎日一緒にいる。

で、なぜ鼻タレ娘なのかというと、千佳は重症の鼻炎なのである。

大学の広い静かな講義室、バーコード頭の教授が真摯に授業を続ける中でも、一度ずるずるっときたらもう止まらない。ずるずる、ずるずる・・・神聖な講義室には千佳の鼻水をすする音が響きだす。
「ハルちゃん・・・」千佳は鼻炎の特徴である潤んだ瞳で私を見る。授業中の静けさの中、皆迷惑そうに千佳を横目で見るのだが、私は彼らを睨み返してやる。だって病気なんだもん、仕方ないじゃん。千佳といえば、お構いなしにくしゃみの連発。そして「ちーん」と鼻をかむ。

そんな鼻タレ千佳は、鼻炎のくせにハンカチとティッシュを携帯していない。一度も「なんで?」と聞いたことはない。だって、ティッシュを差し出すのは私の役目だから。

でも、私の役目が終わる日は突然やってきた。

その日に限って、私は朝からおなかの調子が悪かった。大学の昼休み、千佳には先に食堂に行っててもらい、私は2限目の授業が終わるなりトイレに直行した。あわててトイレに入った私は、トイレットペーパーがあるかどうか確認し忘れてしまった。(その後も、私はこれほどの失敗を犯したことがない。)案の定、トイレットペーパーは切れていた。

私はためらいつつ、千佳の鼻水のためのティッシュを使用した。
ティッシュは新宿の駅の傍で配っていた、テレクラのチラシの入ったティッシュだった。ティッシュを3枚、ケースから取り出すと、最後にテレクラのチラシが出てきた。私はそのチラシをケースから取り出し、くしゃっと丸めて汚物入れに捨てた。

私が急いで食堂に向かうと、千佳はもう鼻水ずるずる娘に変身していた。
食堂の入り口に程近い席に腰を下ろした千佳は、私を見るなり「ハルちゃん・・・」と、いつもの売れないアイドル顔負けの鼻声で、私に助けを求めた。私は反射的に、いつものとおり通学用リュックの側面にあるティッシュのストック用に使用しているポケットに手をつっこんだ。カシャカシャ。手を動かしてみたが、バックのポケットからは空になったティッシュのビニールケースがこすれる音が響いていた。

私は後悔した。
千佳のためのティッシュじゃないか・・・どうしてトイレで使ってしまったんだろう。最後に丸めて捨てたテレクラのチラシを思い出しながら、私は私を責めた。千佳は、呆然と立ち尽くす私を不思議そうに、そして不安そうに鼻水をすすりながら見つめていた。

そんな光景がよほど面白かったのだろう。千佳の斜め向かいの席に座った男が、こちらを見ずに「ふふっ」と笑った。男は黒縁の眼鏡をかけていた。男は、私たちの方に視線を向けず、腰を下ろした椅子の側面に立てかけていた皮製のバックの中をごそごそとあさりだした。

嫌な予感がした。私の予感どおり、男が探していたのはティッシュだった。しかも、鼻にやさしいソフト加工が施された高級ティッシュ。そして、こちらに歩み寄り、千佳に向かって高級ティッシュを差し出した。

もう限界!とばかりに、千佳は何の悪びれもなく高級ティッシュを受け取りお決まりの「ちーん」。

男の名前は"しゅうじ"というらしい。私たちとは別の科の生徒だったが、私と千佳と一緒の授業を受講しているらしく、千佳の鼻炎の事も知っていた。もちろん私の存在も。

「おっきい方の子が、ちっさい方の子にいつもティッシュを渡してるの知ってたから、そのうち駆けつけるだろうと思ってたんだけどさ・・・でも、ティッシュ持ってなかったみたいだからさ。」

それが男の言い分。男が話をしている間も、千佳はずっと鼻をずるずる言わせていた。私は、語尾に「さ」とつけて話す、男の話し方が気に入らなかった。

1ヵ月後、私は千佳にティッシュを渡す役目を失っていた。
ティッシュ係は"しゅうじ"に譲ってやったのだ。千佳は鼻水が出だすと「ハルちゃん」ではなく「しゅうちゃん」と言うようになった。"しゅうじ"は相変わらず鼻にやさしい感触の高級ティッシュを携帯している。私はといえば、やはり新宿で配っているテレクラのチラシ入りのティッシュをリュックのポケットに入れている。

タダでもらえるテレクラティッシュは、日の目を見るのをじっと待っている。

comments ( 1 )

[ kaeru_bakubaku ] : February 7, 2008 6:02 PM

文章から伝わる、ほのぼの感がいいですね。しゅうじ君は狙ってなのか! 千佳ちゃんは高級ティッシュが目当てなのか、それとも……、などいろんなことを考えてしまいます。
しかし、やはり、『嫁に行く娘を歯がゆく見守る父親』のような、はるちゃんの切なさが一番です♪

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